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    2009-05-01 (Fri)
    何日か前、あるところで見かけたこと。
    そこに書いてあったことを読んで、目から鱗の思いがした。
    恐らく古いG関係の書物からと写真集からの言葉の抜粋。
    それは……

    脂紫のことについてだった。
    以下、抜粋文。

    劇団に入り、子役として舞台やテレビに出ていた小学校時代。
    でも6年生になると、本人が「芸能活動はしない。学業に専念する」
    と言いだしましてね。
     
    [(小学5,6年時担任の先生の話)「どうもとモード」より] 

    「僕は2番でええのんや」

    「いつもお母さんの言うこときかないからや」
    (脂紫が金縛りにあって怖い思いをし、それを母に話した時に言われた言葉。)

    《光GENJIのコンサートに招かれた時のこと。》
    「バスケットにも熱中していたし、中学も受験するつもりでいたから、
     本人は事務所に入るつもりはなかったようです。
     その時、事務所の方が“2~3日、預からせて頂けないでしょうか?”って、
     おっしゃったんです。脂紫の顔を見たら、目がウルウルしてる。
     “これは、いやなんだな”って思いました。」(母親:談)
     
    [ファースト写真集「Get the KinKi」より] 


    劇団に入ってそこそこ活躍していたにも関わらず、
    本人が「芸能活動はしない。学業に専念する。」と言ったのは何故なのか?
    本人は事務所に入るつもりはなかった、なのにGENJIのコンに連れて行かれ
    そこで預けられることをイヤだと思いながら、自分からは断れなかった脂紫。

    そして子供ながらに言った「僕は2番でええのんや。」という言葉。

    更に金縛りにあった恐怖を語った息子に対して放った母親の言葉。
    「いつもお母さんの言うこときかないからや。」


    その後 ふとそれらを私は我が身に当てはめて考えてしまった。


    私の家の躾は厳しかった。
    躾だけではなく、両親は何事においても口やかましかった。
    そう、常日頃の行動・仕草、何から何まで。

    そんな両親が私に望むこと。
    それは自分たちの思い描く理想のレールに私を乗せ、その軌道通りに走り、
    無事目的地に着くこと。 ただそれだけ。

    両親は私をそのレールに乗せることだけに躍起になっていた。
    乗れば乗ったで、脱線しないよう見張り続ける。
    また、脱線しかけようものなら、直ちに軌道修正に奔走する。
    そのために両親は、常に私の前に目標を掲げる。

    そして掲げた目標に到達するよう、ありとあらゆる物事、人々と私を比較し、
    もっともっとと鞭を叩く。
    目標をひとつクリアすれば、それは当然のこととして受け止められ
    褒められることもなく、直ちにスグに次の目標を掲げられた。

    だが子供サイドから言えば、やっと目標達成、
    ホッとするのと同時に褒めてもらいたい、それが偽らざる心理。

    だがその望みや期待が叶えられることはなかった。
    同時に、それらの道に私の意思は一切反映されていなかった。

    勿論そこに至るまでに、目標達成の邪魔をするものに対して、
    親サイドは何でも排除するし、手段は選ばなかった。
    つまり親の考えが我が家の憲法・法律だった。

    だが私がそれに素直に従う子供ではなかったから余計に始末が悪かった。
    押えこまれる、だけど負けん気だけは強いから反抗する。
    すると可愛げがないと余計に謗られる。
    そんなだったから、父は私が外出することすら嫌った。

    全てが悪循環だった。 生活態度・習慣・成績……。
    当然親子関係には軋みが生じる。歪む。
    雁字搦め……。。。

    それでも何だかんだ言っても、基本的に子供は親が好きなもの。
    愛情をかけて欲しいと願い、目をかけてほしいと望み、
    時に依存したいとも願い、何とか認めて欲しいと切望する。

    いや、逆に認めてもらえないから、許してもらえないから
    きっと普通の人よりそういう欲求は強かったと思う。

    認めて欲しい、許して欲しいのは、
    愛されている、必要とされている、その証が欲しいから。
    反抗すらがそのひとつでもある。
    それはある種、子どもの本能だと思う。

    しかし私はある時、‘ある出来事’をキッカケに
    それまでの両親の行動・目的や言葉は、
    自分の両親なりの愛情の形であることを自覚することができた。

    つまりそれ以前の自分は、ハッキリ言って
    親の愛情を感じ取ることが出来ていなかった。出来なかった。

    だからその‘ある出来事’は、親にとっても自分にとっても
    決して良いことでも嬉しいことでもないけれど
    結果論として、‘親子関係’という視点から言えば、最高な出来事になった。

    間違っている、いないは別として、その場になって自分は
    今までの親の行動の全てが、両親なりの愛情の形であったと
    その時になってやっと初めて理解できた。
    またそれは 理解できた=満たされた、ということでもあった。

    それまでは日々縛られる辛さ・苦しさに、
    その裏側にあるものに気付きもしなければ考えも及ばなかった。

    自己弁護になるけれど、愛情を感じられない子どもは
    年齢が幾つになろうとも、愛されたい、親の愛情を実感したい、
    そのことばかりに思いや気持ちが集中してしまい、
    精神発達が実年齢に追いつかない。
    そんな状態になると思うし、自分もそうだったと思う。

    そして親とのコミニュケーションが上手くとれない=精神が安定しない
    =他人とのコミニュケーションはもっと とりづらくなる
    =本当の友人・恋人も出来にくい、仕事等も上手く行かない
    =悪循環=負のスパイラルへ……と陥る。
     
    年齢が高くなっても、その可能性が高くなりやすい、そんな気がする。


    私は‘愛されていた・愛されている’ そのことを知ったことにより
    それ以後は以前より素直に自分の意思を親に伝え、
    どうしてそう思うのか、なぜそうしたいかということも、
    ハッキリ‘遠慮なく’伝えることができるようになった。

    いや、以前も伝えてはいたのだけれど、どこかが違っていた。
    以前に比べると、もっと自分の思いを前に打ち出すことができるようになった、
    と言えばいいのか。
    そして納得いくまで投げ出さずに話し合うことができるようにもなった。

    以前は自己主張はしても、中途半端なところで親に折れてしまう、
    これ以上本音を言ってはダメなのではないか、そんな恐れに似た気持ちがあり
    自分の思いを押し切ることも出しきることもできなかった。

    しかし壁が低くなったり、なくなってみると、不思議なもので、
    逆に親は親なりに考えて、ある程度譲歩したり、認めてくれるようになった。
    無論その時に自分はとうに成人していたから、ということもあるだろうけど・・。


    さて。随分前置きが長くなってしまったけれど、やっと本題。

    例の‘彼’。
    私が思うに、彼は母親の真の愛情を感じることができずに30年間、
    ず――――――っと今まできてしまったんじゃないかな、と言う事。

    だから‘こども’の本能として、認めて欲しい、愛して欲しい‘彼’は、
    母親の期待に応えることで関心をひきたかったし、愛して欲しかったし
    またそうしないと、母親が自分を見捨てそうで怖かった。

    そういうことなのかも知れないな……と思ったと言うこと。
    (それは始末が悪いことに現在進行形であるけれど。)


    一方彼の母親はと言うと、2つのことが言えるのでは? と思う。

    ひとつ目の可能性。
    自分の望みを脂紫に託して達成することが1番の望みで、
    彼への本当の愛情とか、彼が何をしたいのか、何を望んでいるのか、
    考えようとか、見ようとはしていないんじゃないのかな、という事。

    ふたつめの可能性。
    母親の夢や希望・理想=それが‘彼の母親なりの愛情の形’なのでは? 
    ・・と言う事。

    ではその‘母親の希望・理想’とは何か?

    それは推察することしかできないけれど、
    例の‘彼’が芸能界で確固たる地位を築くこと、
    そして常にトップで安泰していること、それなのかな、と想像する。

    ステージ・ママとしてかなり有名な彼の母親。
    彼女の行動には色々な噂が常に付きまとっているけれど、
    その根源は全てそこから来ている行動と思えば、ある程度説明がつく。
    そんな気がする。


    そして結論。
    ‘彼’がこの先 変わるには何があれば、起こればいいか。

    ひとつめは。
    彼が自ら母親の愛情を実感すること、認めてもらえたと実感すること。
    つまり彼自身が母親の真の愛情を実感しない限り、彼の言動・行動はこの先も
    きっと誰が何をどう言っても、何をしても変わらない、終わらない
    そういうことなんじゃないかな、と言う事。

    彼の中にある光ちゃんへの嫉妬とか妬み等の全ての負の感情や行動
    それは全て彼自身が抱き、企てていているものだけど
    実はその「根源」は光ちゃんにあるのでも、彼自身から出たものではない、
    ということなんだな、と推察できる気がする。


    ふたつめは。
    ‘彼’が母親の愛情の形を理解し、自分の思いと母親の思いにズレがある
    それを母親に伝えて理解させることができるかどうか、
    または親の愛情の形が自分の望むものとは違うと、自ら親にシッカリ説明し
    親がそれを受け入れる、理解することができれば、ということ。


    みっつめは。
    彼の母親自らが、彼が何を望み、願っているかを悟り
    それを真に理解し受け入れること。
    彼が本当は何をしたくて何をしたくないのか全て認めて、受容・許容すること。


    少なくとも、これらの中のどれかひとつでも叶わないと……
    負のスパイラルも、彼の‘変身’も‘変心’も途切れることは、終わることは、
    もしかしたらない
    のかも知れない。

    似たような体験を持つ身として、今 改めてそんな風に思う。

    これらのことを実現させるには、
    恐らくきっと何かのキッカケが必要になるだろうけど……。


    でもこう言うと全て彼の母が悪い、そう言う風に聞こえるだろうけれど
    だけど彼の母親は母親なりに、
    芯から彼のためと思ってやっているの‘かも’知れない。

    何故なら・・普通親というのは、子どもより先に逝ってしまうものだから。
    親としては、子どもの人生の最後の最後までは絶対に面倒を見、
    愛情をかけることができないから、それに代わって子どもを守り続けてくれる、
    親なりの‘理想’の位置や立場まで子を押し上げることが、
    親のつとめと信じているのかも知れない。

    どちらにせよ、真意はいずれも彼等親子にしか分からないことだけど。。。

    しかしそんな風に考えると……親って愚かなほど、子どもを愛しているんだな
    そうとも考えることができるのかな、とも思う。

    私の親がどれだけ自分を愛していたかが分かった今としては
    自分はそんな風にも想像してしまう。
    その愛し方が正しいか否かは別として……。


    愛情って……。
    与える方の器の大きさも、与えられる方の器の大きさも問われる。
    何と難しく、複雑なものなのか。


    そしてある意味・・めんどくさい。
    この世で何よりも尊いものなのに……。


    これらの思いをここに記そうかどうしようか、実は随分迷いはしたけれど…。

    しかしそれを思っても尚
    彼を擁護する気は更々ないけれど、そして許す気もないけれど・・。


    ここ何日か、Gの出発点に近いVを見ていて感じたこと。

    光ちゃんは日に日に、そして年を追うごとに、顔つきから何から何まで
    変わってきている。

    しかし‘例の彼’は、どれだけ時が経ってもあの時のままであるだけでなく
    どんどん自分で自分の中の修羅場におちていってしまっている、そんな気がする。

    前述の書物に書かれたいたことが事実なら。

    彼は本当は小学校高学年の時点で芸能界にはもういたくなかった。
    だけどそこに留まらざるを得なかった。
    もし本当にそうだったとしたら。


    彼は何処でどんな生活がしたかったのだろう?
    小学生だった彼が夢見た将来、またはやりたかった‘本当のこと’は
    何だったのだろう?

    彼が求めた未来には何があったのだろう?
    彼は何を夢見ていたのだろう?


     5/2 トーチュー 光速CORNER 掲載予定

     来週は光ちゃん一人ラジオです。楽しみ~。

     昨日に続き、今日は光ちゃんネタ。
       サイ○ー  (http://www.cyzowoman.com/2009/05/post_494.html) 
     

     コメントありがとうございました。 

     ろっこつさま
    いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました。
    そうですよね? そう思っちゃいますよね?
    光ちゃんのあのセンスならイケると本気で私は思ってるんですけど。f^_^;

    そして仰るとおり、光ちゃんのような人だったら
    例えどんな職業に就いても、必ず成功したと思います。

    逆にもし他の職業に就いていたら、もう結婚もして、
    子どもだって2~3人いても全然おかしくないと思います。
    むしろもうそうなっていたんじゃないかしら?

    かえって今の職業に就いたから、結婚という点から考えたら
    遅くなったかも知れないと想像します。
    だって今の立場ではなかなか時間も取れないだろうし、何より自由が利かない。

    私は光ちゃんにはどちらかというと、ステキな人と早く結婚して
    奥さまに心身ともにサポートして欲しいな~なんて思っています。

    それに光ちゃんみたいな子ども好きな人は、子どもが生まれると
    家庭を大事にしつつ、もっと仕事面でも充実しそうな気がします。
    ・・なんちゃって、要らんこっちゃい! ってヤツですよね。

    >どんな場所でもトップに立てただろう光ちゃんが、
    >アイドルとして芸能界に現れてくれたことは、
    >やっぱり神様がいるって私は思っちゃうんですよね。


    >人間の嫌な部分全て持って生まれたような男と組ませるという
    >究極の試練…(>_<)!!
    >神様もやりすぎではなかろうか?と思うことも多々ですが。


    この両方、私も思います。
    ただ私は人間が出来ていないので、ついつい愚痴や文句が
    たらたらと出てしまいます。修行がかなり足りません。(苦笑)
    コメントありがとうございました。それではまた。 に

    Web拍手 ありがとうございました。  

     30日 23:16さま
    いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました。(^^)
    色々詳しく教えてくださって ありがとうございました。
    参考にさせていただきます。<(_ _)>

    さて「ローソンコン」と「ホワイトシアター」
    あのような作りのものは、ファンとしてはとても美味しいと思います。
    もしあれが光ちゃんソロの作品のものだったら・・と思うくらいです。

    ただ、あれらの時代のものを見ていて思ったんです。
    あの時代、あんなに熱狂的に声援を送っていたファンのうち
    一体どれだけの人が今も残っているのか。
    今の禁忌コンで、あれだけ熱狂的に声援を送る人はいるのだろうか、と。

    あの時代、輝いていたのは禁忌だけじゃない。
    禁忌ファン(光ちゃんファン、脂紫ファンも含む)も一緒に
    眩いくらいに輝いていたのに、と思いました。
    詳報、コメントありがとうございました。それではまた。(^-^)


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